耳掃除は耳垢栓塞を起こすからやったらダメなの？

GIZMODEの「まじでやめよう耳掃除。米医学会が声を枯らして警告」という記事は釣りだろうとは思いながらも、「GIZMODEはそんなに酷いことはしないだろう」という根拠のない信頼感と余りに色々なところで目にするので少し信じつつある自分もいました。

小学生の頃、中耳炎になって耳鼻科に行くと「ちゃんと耳掃除してもらってる？」と半ギレの耳鼻科の先生に怒られたりして、耳掃除は大事なんだなと子供心に思った訳ですが、それが「まじでやめよう耳掃除。」なんて言われるのはかなりの衝撃度です。

でも、実際はどうなんでしょうか？耳掃除はやってはダメなんでしょうか？

いいえ、耳掃除するのはダメじゃないです！

声を枯らして言います。耳掃除はやったらダメじゃないんです。

もちろん、やり過ぎは良くないですし、耳垢を奥に押し込まないように、そして耳道を傷付けないように注意しなければなりませんが、これはこれまでも言われていたことで目新しさはありませんよね。

参照元では「ダメ」とは書かれていません

GIZMODEでは

それでもついついやってしまうのが耳掃除なわけですけれど、そんな罪人のためにアメリカ耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が耳ケアの新ガイドラインを発表し、ゴルァア！ 何度言ったらわかる！ 耳掃除やり過ぎると「耳垢栓塞」になるってばよ！と再度注意を呼びかけました。

出典：GIZMODE　「まじでやめよう耳掃除。米医学会が声を枯らして警告」

といかにも新ガイドラインで「耳掃除は絶対にすんな！」って書いてありそうな書き方をしていますが、このガイドラインはどこにも「耳掃除やり過ぎると「耳垢栓塞」になるってばよ！」なんて書いてはなく、

Clinical Practice Guideline: Cerumen Impaction（臨床実践ガイドライン：耳垢栓塞）

（中略）

The guideline was published as a supplement in the January 2017 issue of Otolaryngology – —Head and Neck Surgery.

The primary purpose of this guideline is to help clinicians identify patients with cerumen impaction who may benefit from intervention, and to promote evidence-based management. （このガイドラインの第一の目的は、介入の恩恵を受ける可能性のある耳垢栓塞をおこした患者を臨床医が特定し、エビデンスに基づいた管理を促進することを支援することです。）Another purpose of the guideline is to highlight needs and management options in special populations or in patients who have modifying factors. The guideline is intended for all clinicians who are likely to diagnose and manage patients with cerumen impaction and applies to any setting in which cerumen impaction would be identified, monitored, or managed. The guideline does not apply to patients with cerumen impaction associated with the following conditions: dermatologic diseases of the ear canal; recurrent otitis externa; keratosis obturans; prior radiation therapy affecting the ear; previous tympanoplasty/myringoplasty or canal wall down mastoidectomy or other surgery affecting the ear canal.

出典：AMERICAN ACADEMY OF OTOLARYNGOLOGY -HEAD AND NECK SURGERY “Clinical Practice Guideline: Cerumen Impaction”

と書かれていて、臨床医が耳垢栓塞を起こした患者を特定し、処置することに関するガイドラインであって、決して声を枯らして耳掃除自体のリスクを警告しちゃいません。

更に具体的なガイドラインの内容を見てくと、

Health Care Burden

Approximately 2% to 6% of the general population in the United Kingdom suffers from cerumen impaction at any given time. Four percent of primary care patients will consult a clinician for cerumen impaction annually, and cerumen removal is the most common ear, nose, and throat procedure performed in the primary care setting in the United Kingdom. Applying these rates to the US population suggests a prevalence of cerumen impaction of 12 million individuals, ranging between 6 and 18 million. One report cites 12 million office visits per year for cerumen removal in the United States. The total annual cost for managing cerumen in the United States is not readily available;however, an estimate of the cost for Medicare beneficiaries is available from reports of the Centers for Medicare and Medicaid Services. For 2012, $46.9 million was spent on 1.3 million cerumen disimpactions.

ヘルスケアの負担

英国の一般人口の約2％から6％が、任意の時点での耳垢の詰まりに苦しんでいます。一次医療の患者の4％は、毎年耳栓栓塞について臨床医に相談し、耳垢栓塞の除去は英国の一次医療施設で行われる最も一般的な耳鼻咽喉に関する処置です。これらの比率を米国の人口に適用すると、1,200万人、600万～1800万人の幅、の耳垢栓塞の有病率を示唆しています。ある報告においては、米国では耳垢除去のために年間1200万件の医療施設訪問があると挙げています。米国で耳管を管理するための総年間費用は容易に入手できません；しかし、メディケア受益者の費用の見積もりは、メディケアおよびメディケイド・サービスのセンターの報告書から入手できます。2012年には、4690万ドルが130万件の耳垢栓塞除去処置に費やされました。

出典：AMERICAN ACADEMY OF OTOLARYNGOLOGY -HEAD AND NECK SURGERY “Clinical Practice Guideline (Update) Earwax (Cerumen Impaction)”

と、除去をしなくても良い耳垢を処置するために膨大な医療費が費やされていることが問題として挙げられています。また、ヘルスケアの負担に関する問題以外にも、

Though generally safe, treatment of cerumen impaction can result in significant complications. Tympanic membrane perforation, ear canal laceration, infection of the ear, bleeding, or hearing loss occurs at a rate of about 1 in 1000 ear irrigations.

Applying this rate to the approximate number of ear irrigations performed in the United States estimates that 8000 complications occur annually and likely require further medical services. Other complications that have been reported include otitis externa (sometimes secondary to external auditory canal trauma), pain, dizziness, and syncope.

一般的に安全ですが、耳垢の処置は重大な合併症を引き起こす可能性があります。 鼓膜穿孔、外耳道の裂傷、耳の感染、出血、または聴力損失は、1000回の耳掃除において約1回の割合で生じます。

米国で行われた耳掃除のおおよその数にこの率を適用すると、8000件の合併症が毎年発生し、さらに医療サービスが必要になる可能性があります。 報告されている他の合併症には、外耳炎（時に外耳道の外傷に続発する）、痛み、めまい、失神が含まれます。

出典：AMERICAN ACADEMY OF OTOLARYNGOLOGY -HEAD AND NECK SURGERY “Clinical Practice Guideline (Update) Earwax (Cerumen Impaction)”

とありますので、耳掃除をするべき患者としなくてもよい患者を正確に分別し、無駄な医療コストの増大、医療現場の負担、0.1％の確率で発生する合併症を減らすことを目指していることが分かります。

確かに、耳垢は自然なものであって、「あっても害はない」としていますが、このガイドラインでは必要のない耳掃除はすべきではないものの、耳掃除そのものを否定するものでは全くないため、GIZMODEの「まじでやめよう耳掃除。米医学会が声を枯らして警告」というタイトルとその内容は間違っているだけではなく、有害にもなり得る類のものです。

米医学界のアドバイス

そもそもGIZMODEが引用しているガイドライン（AMERICAN ACADEMY OF OTOLARYNGOLOGY -HEAD AND NECK SURGERY “Clinical Practice Guideline: Cerumen Impaction”）は臨床医が耳垢栓塞にどう対処すべきかに関するガイドラインですので、私たちの「耳掃除」について「声を枯らして」止めるように言っていることはありませんが、

Table 7. Patient Education: Dos and Don’ts of Cerumen (Earwax)

表7.　患者の教育：耳垢（Earwax)に関するすべき事としてはいけない事

において、臨床医が患者に対して耳垢へどう接するべきかを教育すべき内容を示しています。

その内容は以下の通りです。

Table 7. Patient Education: Dos and Don’ts of Cerumen (Earwax)

Do

すべきこと

1. Understand cerumen (earwax) is normal. Earwax not causing symptoms or blocking the ear canal should be left alone.

1.　耳垢があることは正常であることを理解しなければなりません。症状を起こしていない耳垢、または耳道を栓塞していない耳垢は放置すべきです。

2. Understand symptoms of cerumen impaction (wax blocking the ear): decreased hearing, fullness, tinnitus, and distortion/changes to hearing aid function.

2.　耳垢栓塞（耳垢が耳を塞ぐこと）の症状を理解しなければなりません：聴力喪失、閉塞感、耳鳴り、および補聴器の歪み/変化です。

3. Seek medical evaluation if you have symptoms of hearing loss, ear fullness, and ear pain if you are not certain that they are from cerumen. Otitis media (fluid behind the eardrum), otitis externa (ear canal infection), and sudden inner ear hearing loss can all masquerade as cerumen impaction.

3.　もしあなたが聴力喪失、耳の閉塞感、および耳の痛みがあり、それが耳垢からのものであることに確証がない場合は、医師による評価を求めなければなりません。 中耳炎（鼓膜の背後に液体がたまる）、外耳炎（外耳道感染）、および突然の内耳聴力喪失はすべて、耳垢栓塞に思える可能性があります。

4. Ask your provider about ways that you can treat your cerumen impaction at home. You may have certain medical or ear conditions that may make some options unsafe.

4.　自宅で耳垢を処置する方法についてはあなたのProvider（医療提供者）に尋ねなければなりません。いくつかの選択肢を安全ではなくする恐れがある特定の医療的または耳の状態があなたにはあるかも知れません。

5. Seek medical attention with ear pain, drainage, or bleeding. These are not symptoms of cerumen impaction and need further evaluation.

5.　耳の痛み、排液、または出血に関しては医師の診察を受けなければなりません。 これらは耳垢栓塞の症状ではなく、さらなる評価が必要です。

Don’t

してはいけないこと

1. Overclean your ears. Excessive cleaning may irritate the ear canal, cause infection, and even increase the chances of cerumen impaction.

1.　あなたの耳を過剰に掃除しないでください。過剰な掃除は、外耳道を刺激し、感染を引き起こし、さらなる耳垢栓塞の可能性を高める恐れがあります。

2. Put anything smaller than your elbow in your ear. Your mother was right! Cotton swabs, hair pins, car keys, toothpicks…these can all injure your ear and may cause a laceration (cut) in the ear canal, a perforation (hole) in the eardrum, and/or dislocation of the hearing bones, leading to hearing loss, dizziness, ringing, and other symptoms of ear injury.

2.　肘よりも小さなものを耳に入れてはいけません。あなたのお母さんは正しかったんです！綿棒、ヘアピン、車のキー、つまようじ…これらはすべて耳道に負傷（裂傷）、鼓膜の穿孔（穴）、および/または聴覚骨の脱臼を引き起こす恐れがあります。 そして、それは聴力損失、めまい、耳鳴り、および耳の損傷の他の症状につながる恐れがあります。

3. Use ear candles. There is no evidence that they remove impacted cerumen, and candling can cause serious damage to the ear canal and eardrum.

3.　イヤーキャンドルを使わないでください。 それらが耳垢栓塞を除去するという証拠はなく、垂れたロウがは耳道および鼓膜に深刻な損傷を引き起こす恐れがあります。

4. Igunore your symptoms if home remedies are unsuccessfu. Seek medical attention if attempts at home have not resolved the problem.

4.　もし民間療法がうまくいかない場合は、症状を無視しないでください。 もし自宅で民間療法を試しても問題が解決しない場合は、医師の診察を受けてください。

5. Irrigate or try cerumen-removing/softening drops if you have had ear surgery or a perforated eardrum, unless specifically cleared to do so by your otolaryngologist (ear, nose, and throat surgeon).

5.　もしあなたが耳の手術を受けている、または鼓膜に穿孔がある場合は、あなたの耳鼻咽喉科医が特別にそうすることを問題なしと判断しない限りは、耳掃除や耳垢除去/柔軟軟膏を試さないでください。

6. Forget to clean your hearing aids as the manufacturer and your hearing health professional recommend.

6.　製造元と聴覚専門家が推奨するような方法で補聴器の掃除をすることを忘れないでください。

出典：AMERICAN ACADEMY OF OTOLARYNGOLOGY -HEAD AND NECK SURGERY “Clinical Practice Guideline: Cerumen Impaction”　Table 7. Patient Education: Dos and Don’ts of Cerumen (Earwax)

「Table 7. Patient Education: Dos and Don’ts of Cerumen (Earwax)」で書かれていることはごく当たり前なことで、耳掃除はしてもいいけれど、耳に問題がある時はムリはせずに、耳鼻咽喉科医に相談してね！という内容。

Don’tの1に

1. Overclean your ears. Excessive cleaning may irritate the ear canal, cause infection, and even increase the chances of cerumen impaction.

1.　あなたの耳を過剰に掃除しないでください。過剰な掃除は、外耳道を刺激し、感染を引き起こし、さらなる耳垢栓塞の可能性を高める恐れがあります。

と書かれていますが、過剰な耳掃除が耳垢栓塞を引き起こす訳ではなく、耳垢栓塞を防ぐために行った耳掃除が逆に耳垢栓塞を引き起こすリスクもあるからやり過ぎには注意してね、という内容です。ここをGIZMODEは超強調して記事にしたようです。

耳掃除は必要最低限に留め、やり過ぎはダメです

一時期流行ったイヤーワックスは非常に危険（参考：国民生活センター「キャンドルタイプの耳ケア用品」で事故多発）ですのでもちろん使ってはいけませんが、同じように耳道を傷つける恐れがあるため、

• 綿棒
• ヘアピン
• 車のキー
• つまようじ

を突っ込んで掃除をしてはいけませんと書かれています。綿棒がダメというのを意外に思われる方もいるかも知れませんが、綿棒で耳掃除を試みて

• 耳垢を奥に押し込んでしまって耳垢栓塞を引き起こす原因となる
• 綿棒で強くこすって耳道を刺激して、傷付いたり、感染症を引き起こす

恐れがあるとして、綿棒での耳掃除をしないことが推奨されています。日米共通。

ただ、逆を言えば、耳垢を奥に押し込まないように、そして強くこすって耳道を傷付けないように細心の注意を払って使用する分には問題はないとも言えます。（自己責任ですが。）

カサカサの耳垢の人は耳かきでも掃除出来ますが、湿り気のあるタイプの耳垢は耳かきでは上手く掃除できないため、やはり綿棒は便利な掃除道具です。（綿棒は奥まで突っ込んでかき出すのではなく、外耳道の入り口周辺をやさしく撫でるようにして、出てこようとしている耳垢を出してあげる感じが安全です。突っ込めば、耳垢を奥に押し込むリスクは上る覚悟は必要です。）

本来、鼓膜から耳の色口に向かって耳垢を押し出す細胞の動きがありますし、顎の運動も加わって、耳垢は自然に耳から出て来るように出来ています。ですから、もし掃除をするとすれば、耳の浅い部分を月に1回程度2～3分掃除すれば十分です。

それでも取り切れないほど耳垢が大量に出る場合は、耳道にある湿疹やカビによる外耳炎などを起こしている可能性もありますので、頻繁に掃除を繰り返すよりも、耳鼻咽喉科で診察を受けた方をお勧めします。

米学会が「ゴルァア！ 何度言ったらわかる！ 耳掃除やり過ぎると「耳垢栓塞」になるってばよ！」なんてことは言っていませんし、むしろ無駄な医療費や臨床医の負担を減らすためにも家庭での耳垢の掃除は大切だと考えています。でも、「やり過ぎ」は良くないのは間違いありません。

また、耳道が狭くて掃除が素人には難しいケースや耳掃除をすべきではない人（手術後、鼓膜に穿孔があるなど）もいますので、自分が耳掃除をしてもいいかどうかは正しく見極める必要があります。

何気なくやってしまっている耳掃除ですが、鼓膜はもちろん、脳にも近い場所に異物を入れる作業ですので、この機会に

• 掃除の器具・使い方は正しいか？
• 頻度は多過ぎないか？
• 耳垢の量は正常なのか？
• 自分は耳掃除をしても大丈夫なのか？

などについて、是非見直してみてくださいね。